2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になります。対象は従業員を1人でも雇っているすべての事業主で、規模による猶予はありません。厚生労働省の実態調査では、過去3年にカスハラを受けた労働者は全体で10.8%、業種別では美容業が属する「生活関連サービス業、娯楽業」が16.6%で最も高い数字でした〔厚生労働省委託事業/令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)/PwCコンサルティング合同会社/令和6年3月〕。接客が仕事の中心にある美容室にとって、これは他人事の法改正ではありません。この記事では、指針が求める10の措置と、9月末までに現場で整えておきたい3つの準備を、告示本文と業界資料にあたって整理します。
- 2026年10月1日から、カスハラ防止の雇用管理上の措置が全事業主の義務に。従業員が1人でもいる美容室はすべて対象で、中小への猶予はありません。
- 指針が求めるのは10項目。方針の明確化、相談窓口の設置、事後対応、悪質事案への体制整備までが「講じなければならない措置」です。
- 9月末までにやることは3つ。方針を1枚にまとめて掲示・共有する、相談窓口を名前で決めて周知する、対応マニュアルとロープレを用意する。
1. 2026年10月1日、カスハラ対策が全事業主の義務になる
要点:2026年10月1日からカスハラ防止措置が事業主の義務に。従業員が1人でもいれば対象で、規模の猶予はありません。
これから施行日と対象範囲について解説します。この章では次の4点を扱います。
- 1-1 施行日と根拠になる法律・指針
- 1-2 対象は「従業員が1人でもいる」すべてのサロン
- 1-3 東京のサロンは条例で2025年4月から先に責務がある
- 1-4 同じ日に「求職者へのセクハラ防止」も義務化される
1-1 施行日と根拠になる法律・指針
施行日は2026年(令和8年)10月1日です。根拠になるのは「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)で、公布日は2025年6月11日です〔厚生労働省/令和7年労働施策総合推進法等一部改正法のポイント/2025年6月作成〕。施行期日そのものは「同法の施行期日を定める政令」(令和8年政令第17号)で定められました〔厚生労働省/令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について(関係法令の改正・制定)〕。
実務で何をするかは、「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)に書かれています。告示本文の末尾に「令和八年二月二十六日 厚生労働大臣上野賢一郎」と記されており、公布日は2026年2月26日、適用は施行日である2026年10月1日からです〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。以降この記事では、この告示を指針と呼びます。
指針とセットで公表されたリーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」に、定義と必要な措置が1枚にまとまっています〔厚生労働省/同リーフレット(令和8年厚生労働省告示第51号の内容を解説したもの)〕。全文を読む時間がなければ、まずここからで十分です。
出典:指針(令和8年厚生労働省告示第51号)PDF|厚生労働省/リーフレットPDF|厚生労働省/令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について|厚生労働省
1-2 対象は「従業員が1人でもいる」すべてのサロン
この義務に、企業規模による線引きはありません。厚生労働省が公布時に配布した案内は「事業主の皆さまへ(全企業が対象です)」と明記しています〔厚生労働省/令和7年労働施策総合推進法等一部改正法のポイント/2025年6月作成〕。パワハラ防止措置のときにあったような中小事業主の猶予期間も、今回は設けられていません。
ここでいう「労働者」の範囲も、指針がはっきり書いています。いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用する労働者の全てです〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。アシスタント、受付、パートのシャンプー担当も当然に含まれます。
派遣スタッフを受け入れているサロンは、もう一段の注意が要ります。指針は、派遣労働者について派遣元事業主だけでなく派遣先も、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者を雇用する事業主とみなされるとし、派遣先も自社の労働者と同様に措置を講ずることが必要だとしています〔同指針〕。
一方で、業務委託契約で働くフリーランス美容師は「雇用する労働者」には当たらないため、措置義務の直接の対象にはなりません。ただし指針は、雇用する労働者以外の者(他の事業主が雇用する労働者および個人事業主等)に対する顧客等の言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましいとしています〔同指針〕。面貸しや業務委託を併用しているサロンは、方針の宛先を「当店で働く全員」と書いておくのが実務上きれいです。
1-3 東京など、条例で先に責務が生じている自治体もある
東京都内のサロンは、国の義務化を待たずにすでに責務の対象です。東京都では2024年(令和6年)10月に「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が成立し、2025年(令和7年)4月1日から施行されています〔東京都美容生活衛生同業組合/カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル/令和7年12月〕。
この条例には罰則がありませんが、同マニュアルは、著しい迷惑行為は刑法等による処罰や民法による損害賠償請求の対象となる可能性があると整理しています〔同マニュアル〕。条例で先に動いていた東京のサロンは、10月の義務化に合わせて既存の方針を国の指針の10項目に照らして点検する、という進め方になります。
なお、カスハラ防止に関する条例は東京都以外の自治体でも制定が進んでいます。自店の所在地に条例があるか、あるとして事業者に何が求められているかは、10月の準備とあわせて自治体のサイトで確認しておくのが確実です。
1-4 同じ日に「求職者へのセクハラ防止」も義務化される
2026年10月1日には、改正男女雇用機会均等法にもとづく「求職者等に対するセクシュアルハラスメント」の防止措置も同時に義務化されます〔厚生労働省/リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」〕。
求職活動等に含まれるものとして、リーフレットは企業の採用面接への参加、就職説明会への参加、企業の雇用する労働者への訪問、インターンシップへの参加、教育実習や看護実習等の実習の受講を例示しています。SNS等のオンラインを介したものや、オンライン上で行われるものも含まれます〔同リーフレット〕。
美容室でいえば、サロン見学に来た美容学生への言動、面接時の会話、採用担当スタッフと応募者のDMでのやり取りが、対象になり得る場面です。リーフレット上の定義は、事業主が雇用する労働者による「性的な言動」により求職者等による求職活動等が阻害されるものなので、連絡を取ること自体ではなく、そこに性的な言動が含まれるかどうかが分かれ目になります〔同リーフレット〕。求人サイトからの応募者に担当者が個人アカウントで連絡している店は、9月までに連絡手段のルールを決めておいたほうが安全です。採用の入口設計そのものを見直すなら、採用面接で聞く質問と見極め方もあわせて整理しておくと、面接の進め方ごとルール化できます。
求職者等に対するセクハラについては、方針の明確化・周知啓発、求職活動等に関するルールの明確化、相談窓口の設定と周知など、11の措置がリーフレットに示されています。ルールの具体例として「面談時間及び場所の指定、実施体制、やり取りに用いるSNSの種類の指定等」が挙げられています〔同リーフレット〕。
2. カスハラとは何か|正当なクレームとの線引き
要点:カスハラは3つの要素をすべて満たすもの。仕上がりへの不満など正当な申入れはカスハラに当たりません。
これからカスハラの定義と、現場での線引きについて解説します。この章では次の3点を扱います。
- 2-1 3つの要素をすべて満たすものがカスハラ
- 2-2 美容室で実際に起きている行為
- 2-3 判断の目安を数字で持っておく
2-1 3つの要素をすべて満たすものがカスハラ
指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを次のように定義しています。職場において行われる①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。店舗で対面のものだけでなく、電話やSNS等のインターネット上で行われるものも含まれます〔同指針〕。
そのうえで指針は、はっきりこう続けます。「顧客等からの苦情の全てが職場におけるカスタマーハラスメントに該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上許容される範囲で行われたものは、いわば正当な申入れであり、職場におけるカスタマーハラスメントには当たらない」〔同指針〕。仕上がりのイメージ違いや接客への正当な指摘は、サービス改善のきっかけであってカスハラではないということです。
顧客等の範囲は広く取られています。指針は、今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客、取引の相手方、施設の利用者及びその家族、施設の近隣住民などを例示しています〔同指針〕。まだ来店したことのない見込み客からの電話やDMも、状況によっては対象に入ります。
判断の物差しについても指針は具体的です。「労働者の就業環境が害される」かどうかは平均的な労働者の感じ方を基準とし、言動の頻度や継続性は考慮するものの、強い身体的又は精神的苦痛を与える態様の言動の場合は1回の言動でも就業環境を害する場合があり得るとしています〔同指針〕。同時に、事業主又は労働者の側の不適切な対応が原因や背景となっている場合もあることに留意する必要があるとも書かれています〔同指針〕。一方的に線を引く話ではない、ということです。
この区別を店として言語化しておかないと、現場は「全部我慢する」か「全部突っぱねる」の二択になります。日常のクレーム対応そのものの設計は、美容室のクレーム対応の手順で扱っています。今回の義務化対応は、その延長線上に「ここから先は対応を打ち切る」という線を足す作業です。
2-2 美容室で実際に起きている行為
指針は、社会通念上許容される範囲を超えた言動を「言動の内容」と「手段や態様」の2軸で例示しています。指針は、どちらか一方だけが範囲を超える場合でも該当し得るとしたうえで、これらが限定列挙ではないと明記しています〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。
| 軸 | 指針が挙げる例 |
|---|---|
| 言動の内容が範囲を超えるもの | 要求に理由がない/商品・サービス等と全く関係のない要求(性的な要求、労働者のプライバシーに関わる要求など)/契約等により想定しているサービスを著しく超える要求/対応が著しく困難または不可能な要求(契約金額の著しい減額の要求など)/不当な損害賠償要求 |
| 手段や態様が範囲を超えるもの | 身体的な攻撃(殴る・蹴る・物を投げつける等)/精神的な攻撃(SNS等への悪評投稿をほのめかして脅す、人格を否定する言動、土下座の強要、盗撮や無断での撮影等)/威圧的な言動(大声で威圧する等)/継続的、執拗な言動(同様の質問の執拗な繰り返し、揚げ足取り等)/拘束的な言動(長時間の居座りや電話での拘束) |
盗撮・無断撮影とSNSへの投稿予告が明示的に例に入っている点は、美容室にとって実務的な意味があります。施術中の無断撮影や、口コミへの投稿をちらつかせた値引き要求は、指針の例示にそのまま当てはまります。
美容業界に絞った具体例は、東京都美容生活衛生同業組合が2025年12月に公表した「カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル」に整理されています。同マニュアルは、仕上がりがイメージと異なるとして激高して胸ぐらをつかまれた、カラーの色味が気に入らないとして土下座して謝るよう強要された、仕上がりが気に入らず結婚式を台無しにされたとして不当に高額な賠償金を請求された、といった実例を挙げています〔東京都美容生活衛生同業組合/カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル/令和7年12月〕。
同マニュアルはさらに、ヘアサロン特有の背景として、カウンセリング時に仕上がりイメージの共有が不十分で期待とのギャップが生じやすいこと、薬剤施術による髪のダメージや頭皮のかぶれが生じる可能性があること、地域密着型店舗ゆえに周辺住民への風評被害を恐れて過度な要求を我慢しクレームがエスカレートしやすいことを挙げています〔同マニュアル〕。心当たりのある構図だと思います。
出典:東京都美容生活衛生同業組合「カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル」(令和7年12月)PDF
2-3 判断の目安を数字で持っておく
線引きで一番困るのは「どこからがカスハラか」です。ここは感覚に頼らず、目安の数字を決めておくと現場が動けます。
前述の業界向けマニュアルは、判断にあたって要求態様・要求内容・時間や回数や頻度の3点に着目するとしたうえで、著しい迷惑行為が30分を超えているか、3回退去命令したにもかかわらず居座り続けているか、対応できない要求が3回にわたって続いているか、という目安を示しています。ただし侮辱的・差別的・性的な言動は時間の長さに限らず判断するとも明記されています〔東京都美容生活衛生同業組合/同マニュアル〕。
同マニュアルは、この30分という数字について「各サロンの事情・背景を考慮し、1時間、30分、15分など、適切な対応時間の目安を設定してください」「目安の時間を超えた段階で直ちにカスタマー・ハラスメントに該当するものではない点に十分留意が必要です」とも書いています〔同マニュアル〕。丸写しではなく、自店のスタッフ数と店内構造に合わせて決めるものだということです。
この目安を決めておくと、スタッフは「あと何分がまんすべきか」を考えなくてよくなります。判断を個人から店に移すこと自体が、指針が求めていることでもあります。
3. 指針が求める10の措置
要点:講じなければならない措置は10項目。方針・相談体制・事後対応・悪質事案の体制・不利益取扱いの禁止に整理できます。
これから10の措置の中身について解説します。この章では次の4点を扱います。
- 3-1 10の措置の一覧
- 3-2 方針の明確化と対処内容の周知
- 3-3 相談体制と事後対応
- 3-4 悪質事案への体制と、就業規則への反映
3-1 10の措置の一覧
まず全体像です。リーフレットが整理した10項目に、美容室での具体的な形を並べました〔厚生労働省/リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」。右列は同リーフレットおよび指針の内容をもとにSALOG編集部が作成〕。
| 区分 | 講ずべき措置 | 美容室での形 |
|---|---|---|
| 方針の明確化と周知・啓発 | ①毅然と対応し労働者を保護する旨の方針を明確化し周知・啓発する | 基本方針をA4×1枚にしてバックルームとHPに掲出 |
| ②カスハラの内容とあらかじめ定めた対処の内容を周知する | 「怒鳴られたら店長を呼ぶ/一人で対応させない/暴力・脅迫は110番」を明文化 | |
| 相談体制の整備 | ③相談窓口をあらかじめ定め周知する | 相談先を役職ではなく名前で決めて全員に伝える |
| ④相談窓口担当者が適切に対応できるようにする | 店長・チーフに外部研修または対応マニュアルを渡す | |
| 事後の迅速かつ適切な対応 | ⑤事実関係を迅速かつ正確に確認する | 来店日時・担当・カウンセリング記録・録音を確認する手順を決める |
| ⑥被害者への配慮のための措置を行う | その日は早退・翌日以降もフォロー、対応を代わる | |
| ⑦再発防止に向けた措置を講ずる | 事例を共有し、カウンセリングや同意書の運用を見直す | |
| 抑止のための措置 | ⑧特に悪質な事案への対処方針を定め周知し、体制を整備する | 警告文・以後の予約お断り・出入り禁止の基準と決裁者を決める |
| 併せて講ずべき措置 | ⑨相談者等のプライバシーを保護し周知する | 相談内容の共有範囲を決め、朝礼で個人名を出さない |
| ⑩相談等を理由に不利益取扱いをしない旨を定め周知・啓発する | 就業規則に明記し、評価やシフトに響かないと伝える |
3-2 方針の明確化と対処内容の周知
①と②は、要するに「決めて、配る」ことです。指針は方針の周知先を管理監督者を含む労働者とし、あわせて顧客等に周知・啓発することも被害の防止に当たっては効果的だとしています〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。社内向けと店頭向けを両方出す、という意味です。
②の「あらかじめ定めた対処の内容」について、指針は限定列挙ではないと断ったうえで次の例を挙げています。労働者から管理監督者等に直ちに報告し、その場の対応の方針について指示を仰ぐこと。可能な限り労働者を一人で対応させず、必要に応じて管理監督者等が代わって対応すること。顧客等とのやり取りを録音・録画すること。労働者から十分な説明を行った上でなお繰り返しの要求が続く場合には、一定の時間の経過をもって退店を求めたり電話を切ったりすること。暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については警察へ通報すること〔同指針〕。
「一定の時間の経過をもって電話を切ってよい」と国の告示に書いてあることは、現場にとって大きい。スタッフが自分の判断で切ったのではなく、店の方針として切る。その建て付けを作るのが②の作業です。
なお録音・録画については、指針が個人情報の保護に関する法律等を遵守し顧客等の個人情報を適切に取り扱うことと注記しています〔同指針〕。とりあえず全部録るのではなく、保存範囲と削除ルールもセットで決めておきます。
3-3 相談体制と事後対応
③④の相談体制について、指針は相談に対応する担当者として労働者の上司に当たる管理監督者等を定めることも考えられるとしており、外部の機関に相談への対応を委託することも認められた例として挙げています〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。小規模サロンで社内に専任を置けなくても、形は作れます。
受け方についても指針は踏み込んでいます。被害を受けた労働者が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあることを踏まえ、現実に生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合や、該当するか否か微妙な場合であっても広く相談に対応し、適切な対応を行うよう求めています〔同指針〕。「カスハラかどうか判定してから相談しろ」ではない、ということです。
⑤⑥⑦の事後対応で、美容室にとって実務的なのは⑥です。業界向けマニュアルは、カスハラ対応後にスタッフの心身をしっかり休ませること、できる限り短時間の休憩を取る、早退させるなどの配慮が大切だとしています。加えて、被害を受けた数日後、1週間後、1か月後のように定期的なチェックが必要で、真面目で責任感が強い人ほど時間が経過してから心理的な負担が表面化することもあると指摘しています〔東京都美容生活衛生同業組合/カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル/令和7年12月〕。
また同マニュアルは、状況確認について、一次対応者に直接ヒアリングするのではなく、状況を把握する現場監督者等に確認することで、フラッシュバックによる二次被害が生じないよう配慮するとしています〔同マニュアル〕。良かれと思って本人に何度も聞き直すのは逆効果だということです。
3-4 悪質事案への体制と、就業規則への反映
⑧について、指針は特に悪質と考えられるものへの対処の例として、警察への通報、行為者に対して警告文を発出すること、法令の制限内において行為者に対して商品の販売やサービスの提供等をしないこと、行為者に対して店舗及び施設等への出入りを禁止すること、民事保全法に基づく仮処分命令を申し立てることを挙げています〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。
出入り禁止の法的な足場については、業界向けマニュアルが契約自由の原則(民法第521条第1項)と施設管理権(民法第206条)を挙げています。同時に、あらゆる出入禁止の措置が認められるわけではなく、個人の差別につながるものや正当な理由のない恣意的な措置は民法の不法行為として損害賠償責任を負う可能性があるとしています〔東京都美容生活衛生同業組合/同マニュアル〕。基準は慎重に決めるべき部分です。
⑩は見落としやすい項目です。指針は、措置を講じていると認められる例として、就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、カスタマーハラスメントの相談等を理由として労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定し、労働者に周知・啓発をすることを挙げています〔同指針〕。つまり、就業規則の一文が実務上の到達点になります。9月中に社労士へ相談するなら、この条文追加とセットで持ち込むのが早いです。
なお、対策を講じる際の留意点も指針は明記しています。消費者法制により定められている消費者の権利や、障害者差別解消法において障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務が定められていることに留意する必要があり、顧客等との建設的対話を重ねるなど事案に応じて適切に対応する必要があるとしています〔同指針〕。毅然と対応することと、正当な要望を切り捨てることは別だという線引きです。
4. 9月末までにやる3つの準備
要点:方針を1枚にする、相談窓口を名前で決めて周知する、対応マニュアルを用意する。この3つです。
これから施行日までに整えるべき準備について解説します。この章では次の3点を扱います。
- 4-1 準備1:方針を1枚にして掲示・共有する
- 4-2 準備2:相談窓口を「名前」で決めて周知する
- 4-3 準備3:対応マニュアルとロープレを用意する
4-1 準備1:方針を1枚にして掲示・共有する
最初にやるのは、店としての方針を文章にすることです。業界向けマニュアルは、基本方針の作成例を示したうえで、社内・社外に広く周知し、多くの人の目に触れるようHPやSNSでの発信、店舗内での掲出なども検討するよう求めています〔東京都美容生活衛生同業組合/カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル/令和7年12月〕。
盛り込む要素は4つです。①自店として何をカスハラとみなすかの定義、②カスハラには毅然と対応しスタッフを守るという宣言、③該当すると判断した場合は対応を打ち切り以降のサービス提供をお断りする場合があること、④悪質な場合は警察や弁護士と連携すること。いずれも同マニュアルの基本方針の作成例に含まれている項目です〔同マニュアル〕。
ここで大事なのは、社外に出す文面と社内に配る文面を分けないことです。同じ内容を、お客様にも見える場所に出す。「うちはスタッフを守ります」と店頭とHPに書いてあること自体が抑止になりますし、スタッフにとっては「言っていいんだ」という許可になります。
4-2 準備2:相談窓口を「名前」で決めて周知する
2つ目は相談窓口です。ここは「相談窓口を設けます」という文言ではなく、誰に言えばいいのかが名前でわかる状態にします。
厚生労働省の実態調査では、カスハラを受けた労働者のその後の行動として最も多かったのは「社内の上司に相談した」で38.2%、次に多かったのは「何もしなかった」の35.2%でした〔厚生労働省委託事業/令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)/PwCコンサルティング合同会社/令和6年3月〕。3人に1人は誰にも言っていない計算になります。
言わない理由も同調査に出ています。カスハラを受けて何もしなかった理由として最も多かったのは「何をしても解決にならないと思ったから」で56.1%でした〔同報告書〕。窓口があるかどうか以前に、言っても変わらないという前提が現場にあるということです。同じ調査では、勤務先のカスハラに関する取組について「特にない」と答えた労働者が71.1%にのぼっています〔同報告書〕。
だからこそ、窓口の周知には「言ったらこうなる」までを含める必要があります。誰が受け取り、いつまでに何を返すのか。業界向けマニュアルは、小規模サロンで相談が経営者1名に集中しがちであることを踏まえ、外部相談窓口(美容組合などの業界団体、商工会など)、顧問税理士・社労士・弁護士、外部カウンセラーなどを相談先として事前に確保しておくことが重要だとしています〔東京都美容生活衛生同業組合/同マニュアル〕。
出典:令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)PDF|厚生労働省委託事業・PwCコンサルティング合同会社
4-3 準備3:対応マニュアルとロープレを用意する
3つ目は、現場が迷わないためのマニュアルです。指針が求める「あらかじめ定めた対処の内容」を、自店の言葉で書き下ろします。最低限入れる項目は次の4つです。
- 対応場所:個室やシャンプーブースなど密閉的な空間での対応は避け、原則として受付や店舗のオープンスペースで対応する。やむを得ず個室を使う場合はドアを開け、スタッフが出入口側に着席する〔東京都美容生活衛生同業組合/同マニュアル〕。
- 人数:組織で対応することを明確にするため、可能な限り複数人で対応する。顧客が複数名で来店している場合は、できる限り同数以上のスタッフで対応する〔同マニュアル〕。
- 記録:対応内容を可能な限り詳細に記録し、速やかに店内で共有する。SNS・口コミサイトの投稿はすぐ削除される可能性があるため、スクリーンショット等で保存する〔同マニュアル〕。
- 打ち切りと通報の基準:膠着状態に陥って30分を目安に対応を中止して伝達し、それでも迷惑行為が続く場合は警告のうえ退去を命令する。暴力を振るおうとしている場合はその時点で対応を中止し退去を命令する〔同マニュアル〕。
そのうえで、書いただけで終わらせないことです。同マニュアルは教育・研修の内容として、一次対応から二次対応に代わる目安、基本的な対応フロー、実際の事例を基にしたケーススタディ、ロールプレイングを挙げています〔同マニュアル〕。10月までの朝礼で1回、実際に声に出して練習しておくだけで、当日の動きが変わります。
初期姿勢についても同マニュアルは具体的です。事実関係の確認前の段階では限定的な謝罪(例:お客様に嫌なお気持ちを与えてしまい誠に申し訳ございません)にとどめる、事実を確認しないまま顧客等の要求内容を認める発言はしない、としています〔同マニュアル〕。ここは実務上いちばん差が出るところです。
5. 一人サロン・小規模サロンはどうするか
要点:二次対応者がいない前提で、外部の相談先と警察への通報基準を先に決めておきます。
これから小規模サロンの対応について解説します。この章では次の2点を扱います。
- 5-1 二次対応者がいない前提で組む
- 5-2 スタッフの名前の出し方を見直す
5-1 二次対応者がいない前提で組む
美容業界では、一人サロンや親族のみで運営しているサロン、小規模サロンなど、サロン内に二次対応者が不在となる営業形態が多くあります。業界向けマニュアルはこの点を明記したうえで、二次対応者がいない場合であっても単独で抱え込まない仕組みを事前に整えることが重要だとし、弁護士などの専門家や相談できる他者(近隣の美容師や美容組合)、悪質な場合には警察への相談・通報に速やかに移行できるよう、ルールを明文化しておくことが望まれるとしています〔東京都美容生活衛生同業組合/カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル/令和7年12月〕。
特に一人サロンでは、暴力的行為や居座り等が生じた際に判断の遅れがリスクにつながるため、警察への通報基準をあらかじめ設定しておくことが安全確保につながるとも書かれています〔同マニュアル〕。「様子を見る」を選択肢から外す、という意味です。
電話対応では「確認の必要がありますので、折り返しご連絡いたします」と一度電話や会話を切り、心身の負担を軽減しつつ整理して対応することが、小規模サロン向けの補足として挙げられています〔同マニュアル〕。その場で答えないことを、あらかじめ許可しておく。それだけでも現場は楽になります。
5-2 スタッフの名前の出し方を見直す
SNS絡みのカスハラに対する予防策として、業界向けマニュアルはスタッフの名前の表記を「苗字のみ」や「雅号」に変更することの検討を挙げています。氏名等の個人情報が晒されることでストーカー行為やさらなる迷惑行為につながる可能性もあるため、法令で氏名を表記することが求められる場合を除き、名前の表記を見直すことも有効な手段の一つとしています〔東京都美容生活衛生同業組合/同マニュアル〕。
予約サイトやInstagramでフルネームを出している店は、9月までに一度確認しておく価値があります。集客上の見え方とのバランスは店ごとに違いますが、少なくとも「決めていないから出したまま」の状態は避けたいところです。
6. ディーラーや予約サイトへの言動も対象になる
要点:自店スタッフが取引先の担当者に行う言動もカスハラです。協力を求められたら応じる努力義務もあります。
ここは見落とされがちですが、美容室にとって実は近い論点です。カスハラは「お客様から受けるもの」だけではありません。
指針は、他の事業主から、事実関係の確認等の雇用管理上の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、事業主はその求めに応ずるように努めなければならないとしています。あわせて、協力を求められたことを理由に契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくないとも書かれています〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。
さらに指針は、方針を明確化する際に、他の事業主が雇用する労働者に対する言動についてもカスタマーハラスメントを行ってはならない旨の方針を併せて示すことが望ましいとしています〔同指針〕。
美容室が日常的に接する相手を挙げると、この論点の近さがわかります。業界向けマニュアルは、美容材料メーカー、ディーラー、予約サイト運営会社、専門学校、モデルを挙げ、スタッフが取引先担当者に対して不適切な言動を行うことも「カスタマー・ハラスメント」に当たるとしています。特に立場の弱い取引先企業に対しては、無理な要求をしない・させないよう十分な配慮が必要だとも書かれています〔東京都美容生活衛生同業組合/同マニュアル〕。
納品ミスへの詰め方、掲載順位をめぐる担当者への電話、撮影モデルへの言動。方針を1枚にまとめるとき、「当店のスタッフも他社の方に同じことをしません」の1行を入れておくと、この論点まで一度でカバーできます。
7. まとめ:10月1日を「整えた状態」で迎える
要点:方針・窓口・マニュアルの3点セットを紙にしてスタッフに渡すところまでが準備です。
- 2026年10月1日から、カスハラ防止の雇用管理上の措置が全事業主の義務になる。従業員が1人でもいれば対象で、規模による猶予はない〔厚生労働省/令和7年労働施策総合推進法等一部改正法のポイント/2025年6月作成〕。
- 根拠は改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号・2025年6月11日公布)と、2026年2月26日公布の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)〔厚生労働省〕。
- 「労働者」にはパートタイム労働者・契約社員等の非正規雇用労働者が含まれ、派遣スタッフについては派遣先も措置を講ずる必要がある〔同指針〕。
- カスハラは①顧客等の言動 ②社会通念上許容される範囲を超えたもの ③労働者の就業環境が害される、の3要素をすべて満たすもの。社会通念上許容される範囲の苦情は「正当な申入れ」であり該当しない〔同指針〕。
- 講じる措置は10項目。方針の明確化と周知、相談窓口の設置と担当者の対応力、事実確認・被害者配慮・再発防止、悪質事案への体制、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止〔厚生労働省/リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」〕。
- 厚労省の実態調査では、過去3年にカスハラを受けた労働者は10.8%。業種別では美容業が属する「生活関連サービス業、娯楽業」が16.6%で最も高い。一方、勤務先の取組が「特にない」と答えた労働者は71.1%〔厚生労働省委託事業/令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)/PwCコンサルティング合同会社/令和6年3月〕。
- 9月末までの準備は3つ。方針を1枚にして掲示・共有する、相談窓口を名前で決めて周知する、対応マニュアル(場所・人数・記録・打ち切りと通報の基準)を用意してロープレする。
- 一人サロンは二次対応者がいない前提で、外部相談先と警察への通報基準を先に決めておく〔東京都美容生活衛生同業組合/カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル/令和7年12月〕。
- 東京都内のサロンは、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(2024年10月成立・2025年4月1日施行)ですでに責務の対象〔同マニュアル〕。
10月には最低賃金の改定も重なります。労務まわりの見直しをまとめて進めるなら、10月の最低賃金改定と美容室の対策もあわせて確認しておくと、9月の作業を一度で済ませられます。
よくある質問
Q1. 従業員が2〜3人の小さなサロンでも対象になりますか。
なります。厚生労働省が公布時に配布した案内は「事業主の皆さまへ(全企業が対象です)」と明記しており、企業規模による猶予は設けられていません〔厚生労働省/令和7年労働施策総合推進法等一部改正法のポイント/2025年6月作成〕。措置の中身は店の規模に合わせて設計してかまいませんが、方針・窓口・対処内容の周知という枠組み自体は共通です。
Q2. 対応しなかった場合、罰則はありますか。
指針(令和8年厚生労働省告示第51号)自体には、罰金や懲役といった罰則は定められていません。ただし、罰則がないことと「やらなくてよい」ことは別です。指針は、労働者が都道府県労働局に対して相談や紛争解決の援助の求め、調停の申請を行うことを前提に、それを理由として解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め周知・啓発することを事業主に求めています〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。対応しないサロンには、労働局という受け皿を通じた申立てが起こり得るということです。加えて労働契約法第5条は、使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をするものとすると定めており、放置してスタッフが心身を損なえば安全配慮義務をめぐる民事上の責任という別のリスクが残ります〔東京都美容生活衛生同業組合/カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル/令和7年12月〕。行政対応の具体的な内容や自店に必要な対応の程度は、所轄の都道府県労働局 雇用環境・均等部(室)または社会保険労務士にご確認ください。
Q3. 仕上がりへの不満を言われたら、それもカスハラになりますか。
なりません。指針は「顧客等からの苦情の全てが職場におけるカスタマーハラスメントに該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上許容される範囲で行われたものは、いわば正当な申入れであり、職場におけるカスタマーハラスメントには当たらない」と明記しています〔厚生労働省/令和8年厚生労働省告示第51号/2026年2月26日〕。業界向けマニュアルも、施術結果に対する不満、仕上がりのイメージ違い、接客態度に対する正当なクレームは業務の改善やより良いサービスにつながる貴重な機会でもあるとしています〔東京都美容生活衛生同業組合/同マニュアル〕。分けるための基準を先に決めておくことが、そのまま対策になります。
本記事は、厚生労働省および東京都美容生活衛生同業組合が公表した資料にもとづき、2026年8月16日時点の情報を整理したものです。法令解釈や個別事案の判断を行うものではありません。自店の就業規則・雇用契約・具体的な対応方針については、社会保険労務士・弁護士等の専門家、または所轄の都道府県労働局 雇用環境・均等部(室)にご相談ください。
更新履歴/2026年8月16日:初版公開。厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)本文・リーフレット・改正法のポイント、令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査(概要版)、東京都美容生活衛生同業組合「カスタマー・ハラスメント防止対策 美容業界向けマニュアル」(令和7年12月)にもとづき作成。


