薬剤も、電気代も、スタッフの給与も上がっている。だから値上げした。それなのに、なぜか利益が思ったほど残らない。そんな感覚を持っているオーナーさんは少なくないと思います。実はこれ、感覚の問題ではなくて、全国のデータにもはっきり出ています。上がったコストのうち、価格に乗せられているのは4割ほど。しかも人件費に限ると3割強しか乗っていません。この記事では、帝国データバンクが2026年8月28日に公表した最新調査をもとに、上がったコストのどこが価格に乗っていないのか、そして人件費を値上げに乗せるにはどんな順番で考えればいいのかを整理していきます。
この記事を3行で解説
- コスト上昇分に対する価格転嫁率は39.9%で、前回調査から2.2ポイント下がり再び4割を割り込んだ。
- 費目別では原材料費47.3%に対し人件費32.0%と、継続的に発生するコストほど価格に乗っていない。
- 値上げ幅は「率」ではなく、増えた人件費の「額」を1施術あたりに割り戻して決めると根拠がぶれない。
1. 価格転嫁率39.9%とは何を示す数字か
要点:全業種平均の価格転嫁率39.9%とは、上がったコスト100円のうち約40円しか販売価格に反映できていないという意味です。残りの約60円は企業側が飲み込んでいます。
これから価格転嫁率39.9%という数字が何を示しているのかについて解説します。
- 1-1 コスト100円のうち約40円しか価格に乗っていない
- 1-2 「転嫁できている」75.8%との落差
1-1 コスト100円のうち約40円しか価格に乗っていない
2026年7月時点の価格転嫁率は39.9%でした。前回2026年2月調査の42.1%から2.2ポイント低下し、再び4割を下回っています。2025年7月に実施した前々回調査の39.4%は上回ったものの、前回みられた改善の動きは続かず頭打ちになっています〔帝国データバンク/価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)/2026年8月28日公表/調査レポート〕。
この価格転嫁率という指標は、選択肢の中間値に回答者数を掛けて足し上げ、全回答者数で割ったものと定義されています。ただし「コスト上昇したが、価格転嫁するつもりはない」「コストは上昇していない」「分からない」と答えた企業は分母から除かれています。ざっくり言えば「上がったコストのうち、平均して何割を価格に乗せられたか」を示す数字です。同調査は全国2万2,350社を対象に2026年7月17日から31日にかけて実施され、有効回答は1万518社(回答率47.1%)でした。
コストが100円上がったのに、価格に乗せられたのが40円だとすると、差の60円は自社の利益から出ていることになります。ここが利益が残らない直接の理由です。値上げをしたのに手応えがない、という感覚は、この構造から素直に説明がつきます。
1-2 「転嫁できている」75.8%との落差
多少なりとも価格転嫁できていると答えた企業は75.8%にのぼります。4社に3社は何らかの値上げをしている計算です。それなのに転嫁率が4割に届かないのは、値上げの「有無」と「十分さ」がまったく別物だからです。
内訳を見ると、10割すべて転嫁できている企業は3.4%しかありません。一方で2割未満しか転嫁できていない企業が24.5%と最大の回答層で、まったく転嫁できない企業も11.9%あります。転嫁が5割未満の企業を合わせると53.8%と、半数を超えます〔同調査〕。
つまり多くの企業は、値上げそのものはしているけれど、小幅にとどまっていたり、一部の費目しか乗せられていなかったりする。サロンに置き換えると、カラー剤の値上がりを理由にカラーだけ500円上げたものの、同時に上がっている人件費や電気代はそのままメニュー価格の外に置かれている、という状態に近いと考えられます。
2. 人件費の転嫁だけが遅れている理由
要点:全業種平均の費目別転嫁率は原材料費47.3%、物流費34.5%、人件費32.0%、エネルギーコスト29.6%。根拠資料を出しにくい費目ほど価格に乗せられていません。
これから費目ごとに転嫁の進み方が違う理由について解説します。
- 2-1 原材料費47.3%に対し人件費32.0%
- 2-2 根拠を示しにくいコストは後回しになる
2-1 原材料費47.3%に対し人件費32.0%
同調査で費目別の転嫁率を見ると、最も高いのが原材料費の47.3%です。次いで物流費34.5%、人件費32.0%、エネルギーコスト29.6%と続きます〔帝国データバンク/価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)/2026年8月28日公表〕。
| 費目 | 価格転嫁率 | サロンでの対応コスト例 |
|---|---|---|
| 原材料費 | 47.3% | カラー剤・パーマ液・シャンプー等の薬剤 |
| 物流費 | 34.5% | 商材の配送料・店販の発送費 |
| 人件費 | 32.0% | 給与・社会保険料・教育費 |
| エネルギーコスト | 29.6% | 電気代・ガス代・水道光熱費 |
※転嫁率は全業種を対象とした調査の数値です。美容室単独の集計ではありません。サロンでの対応コスト例はSALOG編集部による整理です。
原材料費と人件費の差は15.3ポイントあります。薬剤の値上がりは価格に乗せられているのに、給与の上昇は乗せられていない。この非対称が、いま多くの中小企業で起きていることです。材料費の高騰がどこまで続くのかを追いかけている店は多い一方で、人件費のほうは追いかけられていない、という偏りとも重なります。
2-2 根拠を示しにくいコストは後回しになる
調査は、原材料費の転嫁が進んでいる理由として、仕入れ先からの価格改定通知や市況データなど、コスト上昇を客観的に示す資料が得やすい点を挙げています。値上げの根拠を相手に説明しやすいから、交渉が通りやすいわけです。
逆に人件費・物流費・エネルギーコストは、複数の商品やサービスにまたがって発生することが多く、個別の販売価格との対応関係を示しにくい。間接費として扱われやすいことも転嫁を難しくしている、と同調査は分析しています〔同調査〕。
サロンで考えると分かりやすいと思います。カラー剤の仕切り値が上がれば、ディーラーからの改定通知という紙が1枚残ります。ところがスタイリスト1人の月給を1万円上げても、その1万円がカットの何円分なのかを示す紙は誰も作ってくれません。自分で計算して作るしかない。この「紙が無い」という一点が、人件費の転嫁を止めている実務上の理由です。
調査は、人件費が一時的な負担ではなく、賃上げや採用条件の改善、社会保険料、教育費などが継続的に発生するものだと指摘したうえで、上昇分を価格に反映できなければ賃上げの原資が確保できず、人材採用や定着、サービス品質の維持にも影響が及びかねないとしています。人件費率と利益の関係を数字で押さえておくと、この話は自店の話として読めるようになります。
3. 美容室がこの調査から読み取るべきこと
要点:本調査に美容室単独の数値はありません。ただし川下・小規模ほど転嫁率が低いという構造は、サロンにそのまま当てはまる可能性が高いといえます。
これからこの調査を自店に引きつけて読む方法について解説します。
- 3-1 調査に美容室単独の数値はない
- 3-2 川下・小規模ほど転嫁率が低いという構造
3-1 調査に美容室単独の数値はない
最初に断っておくべき点があります。この調査のサプライチェーン別の集計に、美容室という区分は示されていません。したがって「美容室の価格転嫁率は◯%」と言える数字は、この調査からは出てきません。
使えるのは、全業種の傾向と、近い性質の業種の数値です。公表されているなかで消費者に近い川下の業種を見ると、各種商品小売(食品スーパー)が33.1%、飲食店が28.7%、旅館・ホテルが23.0%と、いずれも全体の39.9%を下回っています〔同調査〕。美容室も個人のお客様から直接代金をいただく川下のサービス業ですから、全体平均より低い側に位置している可能性は十分にあります。ただしこれは推測であり、調査が示した事実ではありません。
3-2 川下・小規模ほど転嫁率が低いという構造
企業規模別の転嫁率は、大企業41.6%、中小企業39.7%、小規模企業38.3%となっており、規模が小さくなるほど下がっています〔同調査〕。
調査はその背景として、小規模企業は取引先との力関係や競合他社との価格競争に加えて、原価計算や交渉資料の作成を担う人材が限られるなど、交渉の準備面でも制約を抱えやすいと指摘しています。
スタッフ数名のサロンを思い浮かべると、そのまま当てはまると思います。原価計算をする人がいない。値上げの根拠資料を作る時間がない。近隣店の価格が気になって踏み出せない。結果として、コストだけが静かに積み上がっていく。転嫁率の差は交渉力や価格決定力の差を反映したものだと調査は述べていますが、少なくとも「根拠資料を作れるかどうか」の部分は、自店の努力で埋められる余地があります。
4. 人件費を値上げに乗せる4つの手順
要点:費目別に原価を分解し、増えた人件費の額を1施術あたりに割り戻し、率ではなく額で値上げ幅を決めて、改定を定例化する。この4段階で進めます。
これから人件費を実際にメニュー価格へ乗せる手順について解説します。
- 4-1 費目別に原価を分解する
- 4-2 人件費の上昇額を1施術あたりに割り戻す
- 4-3 値上げ幅を率でなく額で決める
- 4-4 改定を年1回の定例プロセスにする
4-1 費目別に原価を分解する
まず、自店のコストを調査と同じ4つの費目に分けます。原材料費(薬剤)、物流費(配送料)、人件費(給与・社会保険料・教育費)、エネルギーコスト(電気・ガス・水道)です。
ここで大事なのは、直近1年でそれぞれがいくら増えたかを金額で出すことです。率ではなく金額にします。薬剤が年間18万円増えた、電気代が年間9万円増えた、人件費が年間120万円増えた、という形にすると、どこが一番効いているかが一目で分かります。多くのサロンでは人件費の増加額が他を大きく上回るはずですが、値上げの理由としては薬剤の話ばかりしている、というズレがここで見えてきます。
4-2 人件費の上昇額を1施術あたりに割り戻す
次に、増えた人件費の年額を、年間の施術回数で割ります。人件費が年間120万円増えて、年間の来店が6,000回なら、1回あたり200円です。この200円が、人件費を100%転嫁するために必要な単価アップ額になります。
この一手間が、さきほど触れた「紙が無い」問題を解決します。ディーラーからの改定通知に相当する紙を、自分で作るということです。数字が出てしまえば、スタッフに説明するときも、お客様への告知文を書くときも、迷いが減ります。
4-3 値上げ幅を率でなく額で決める
値上げ幅を決めるとき、何%上げるかから入ると、根拠が相場や他店の価格になってしまいます。そうではなく、4-2で出した必要額を起点にします。1回あたり200円必要なら、カット料金を200円上げる。それが結論です。
そのうえで、既存客への影響を見て段階を刻むかどうかを判断します。必要額の全額を一度に乗せると負担が大きいと判断するなら、今回は120円、次回改定で残り、という分け方をする。この場合、今回の転嫁率は60%だと自分で把握できている状態になります。転嫁率という指標を自店に持ち込む意味はここにあります。値上げに対するお客様の受け止め方を先に把握しておくと、刻み方の判断がしやすくなります。
4-4 改定を年1回の定例プロセスにする
調査では、価格転嫁までの期間について「短くなった」が26.3%、「長くなった」が7.6%となり、その差は18.7ポイントでした。「変わらない」が38.4%で最も多く、「今回が初めての価格転嫁だった」が2.5%です〔同調査〕。コスト上昇を認識してから価格改定に動くまでの期間は、全体として短くなる方向にあります。
ただし調査は、価格転嫁は一度の値上げで完了するものではなく、コスト変動を定期的に確認して継続的に価格を見直す経営プロセスとして定着させる必要がある、とまとめています。
実務としては、決算月の翌月に4-1の費目別集計をやり直す、と決めてしまうのがいちばん簡単だと思います。毎年その時期にコストの増減を確認し、必要なら改定する。値上げを「決断」ではなく「点検」にしてしまえば、心理的なハードルはかなり下がります。
5. 値上げをお客様に伝えるときの押さえどころ
要点:材料費だけを理由にすると人件費分を乗せる根拠を失います。理由は費目をまとめて示し、改定は小幅・定期に分けるのが現実的です。
これから値上げの伝え方について解説します。
- 5-1 材料費だけを理由にしない
- 5-2 一度に大きく上げず、改定を定例化する
5-1 材料費だけを理由にしない
告知文で「薬剤価格の高騰により」とだけ書くと、その値上げで回収できる範囲は薬剤の上昇分に限られてしまいます。人件費の200円を乗せているのに理由が薬剤だけでは、説明と金額が合いません。
スタッフの待遇改善や技術教育への投資も、サービスの質を保つために必要なコストです。事実として発生している以上、理由として並べて構いません。実際、調査でも人件費には賃上げや採用条件の改善、社会保険料、教育費が継続的に含まれると整理されています。価格改定の根拠を組み立てる手順と合わせて考えると、告知文の中身が変わってくるはずです。
5-2 一度に大きく上げず、改定を定例化する
調査は、価格転嫁率が前回より低下した背景について、企業が従来より早く価格交渉や値上げに動いても、仕入価格の上昇スピードがより早まるなかで、顧客離れや販売数量の減少を懸念して値上げ幅を抑えている可能性を指摘しています。
つまり、幅を抑えること自体は多くの企業がやっていることです。問題は、抑えた分を次でどう取り戻すかを決めていないことのほうにあります。今回は必要額の6割、来年の改定で残り4割、と先に決めておけば、抑えることと転嫁しきることは両立します。
サロン全体のコスト環境や制度の動きは美容室経営に効く業界動向2026にまとめています。価格改定の計画を立てる前に、周辺で何が動いているかを一度確認しておくと判断しやすくなります。
6. まとめ
要点:転嫁率39.9%・人件費32.0%という数字は、値上げの有無ではなく「十分さ」を問う段階に入ったことを示しています。
帝国データバンクの2026年7月調査では、コスト上昇分に対する価格転嫁率が39.9%となり、前回の42.1%から2.2ポイント低下して再び4割を下回りました。多少なりとも転嫁できている企業は75.8%ある一方で、10割すべて転嫁できている企業は3.4%にとどまります。費目別では原材料費47.3%に対し、人件費32.0%、エネルギーコスト29.6%と、継続的に発生するコストほど価格に乗っていません。企業規模別では小規模企業が38.3%と最も低く、原価計算や交渉資料を作る人手の制約が背景にあると指摘されています。美容室単独の数値は本調査にありませんが、川下・小規模という条件は多くのサロンに当てはまります。増えた人件費を1施術あたりの額に割り戻し、率ではなく額で改定幅を決め、年1回の点検として定例化する。この順番なら、値上げは決断ではなく作業になります。
重要なポイント
- 価格転嫁率39.9%=コスト100円のうち約40円しか価格に乗っていない。
- 人件費の転嫁率32.0%は原材料費47.3%より15.3ポイント低い。
- 転嫁が遅れる理由は客観的な根拠資料を出しにくいこと。自分で作れば埋められる。
- 値上げ幅は率でなく、増えた人件費の額を施術回数で割った金額から決める。
- 改定は一度で完了させず、年1回の定例プロセスにする。
7. よくある質問
要点:39.9%も32.0%も全業種の数値で、美容室単独の転嫁率ではありません。値上げ幅は率でなく必要額から決めます。
Q1. 価格転嫁率39.9%は美容室の数字ですか。
いいえ。全国1万518社の回答による全業種の数値です〔帝国データバンク/価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)/2026年8月28日公表〕。同調査のサプライチェーン別集計に美容室の区分は示されていないため、美容室単独の転嫁率はこの調査からは分かりません。近い性質の川下業種としては、飲食店28.7%、旅館・ホテル23.0%が公表されています。
Q2. 人件費の転嫁率が原材料費より低いのはなぜですか。
同調査は、原材料費は仕入れ先からの価格改定通知や市況データなど上昇を客観的に示す資料が得やすく、価格改定の根拠を説明しやすいためと分析しています。一方で人件費・物流費・エネルギーコストは複数の商品やサービスにまたがって発生し、個別の販売価格との対応関係を示しにくく、間接費として扱われやすいことも転嫁を難しくしていると同調査は指摘しています〔帝国データバンク/価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)/2026年8月28日公表〕。
Q3. 値上げ幅は何%が適正ですか。
適正な率という一律の基準はありません。この記事では率から入るのではなく、直近1年で増えた人件費の金額を年間の施術回数で割り、1施術あたりに必要な額を出してから決める方法を紹介しています。必要額を一度に乗せない場合も、何割を今回乗せたのかを把握しておくと、次回の改定計画が立てられます。
ご利用にあたって
本記事は2026年8月29日時点で公表されている情報をもとにした一般的な情報提供であり、個別の経営判断・税務・労務に関する助言ではありません。賃金や社会保険料の取り扱い、価格表示に関する具体的な対応については、社会保険労務士・税理士などの専門家にご相談ください。
本記事は特定の企業の株式その他の有価証券の売買を推奨するものではありません。
更新履歴
- 2026年8月29日:初版公開(帝国データバンク 価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)/2026年8月28日公表 をもとに作成)
出典:帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)」2026年8月28日公表 https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260828-pricepass-on202607/


